2010年久富観音堂盆綱曳きレポート
全身真っ黒の鬼に扮した子どもたちが
真夏の太陽の下、元気に綱を曳き回りました。
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福岡県無形民俗文化財にも指定されている久富観音堂盆綱曳きは、8月14日の盂蘭盆(うらぼん)に行われる「施餓鬼(せがき)」行事。
不幸にして成仏できずに死んだ気の毒な亡者を、お盆の一日だけでも地上に引き上げ、極楽浄土に招いて食べ物を与えてやろうという慈悲の供養です。
久富地区でこの行事が始まったのは、寛永20年(1643年)と言われているので、約370年も前のことだそうです。また、寛永18年、19年の大凶作で亡くなった子どもたちの霊を慰めるために始まったという説もあります。 |
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この日は地区の小学生や帰省中の男の子たち約50人が公民館に集まり、全身をススで真っ黒に塗り、腰にはワラミノ、頭には角に見立てた縄を巻いて地獄の釜番である鬼に変身!
はしゃぎながらお互いに塗りあう子どもたちもいれば、「準備はいいか?顔に塗るぞ」との大人の声に小さくうなずき、必死に目を閉じて、微動だにせずススを塗られていく小さな鬼の姿も。
微笑ましい黒鬼の登場に、境内はにぎやかな笑い声に包まれていました。 |
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子どもたちの身体に塗るススは、昔から風呂釜やかまどでワラや薪を燃やした際にできたものを使っていたそうですが、生活様式の変化から、現在では上陽町や星野村の10軒ほどの家庭にお願いして1年分を集めてもらっているそうです。
細かくすり潰し、ふるいにかけたものに水を加えて丁寧にすり鉢で混ぜていくと、黒々と光るススのできあがり。
「これがないと盆綱曳きとはいえんけんね。子どもたちの肌も荒れんとです」と笑顔で教えてくれる保存会のみなさん。 |
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また、観音堂の方では早朝から盆綱づくりが急ピッチで進んでいます。直径30センチ、長さ20メートル、重さ約400キロの立派な綱が、慣れた手つきでできあがっていきます。
この藁も前年から大切に保管しているそうで、保存会の会員さんをはじめ地域のみなさんの協力があってこその伝統行事なのだと感じました。 |
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午前10時、準備も整い子どもたちが大綱を引いて観音堂を出発。「ワッショイ!ワッショイ!」の元気な掛け声とともに、地区内約3キロを練り歩きます。
沿道の見物客の声援や多くの写真愛好家のポーズの注文に、ほこらしげな表情を見せる子どもたち。休憩場所に到着するころには、若干足取りも重い様子でしたが、水分補給でまたまた元気回復。再び綱を曳いて歩き出します。 |
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民家の間の細い道を抜けた観音堂に程近いところにある小さな天神神社に着くと、2畳ほどの祠に子どもたちが上がり、一斉に「ドコドコドコドコ」と足を踏み鳴らします。民俗学からは、「綱」は「龍」を表し、龍をいじめて「天神」=雷を怒らせることで雷雨を呼ぶ、雨乞いの祭りではないかともいわれているそうです。 |
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また、真っ黒にススを塗るのは、龍(綱)を曳き回す子どもたちに神様が仕返しをしないよう、誰が誰だか分からないように魔よけの意味も込められているのではないかとも考えられているとか。全国80の綱ひき(うち盆綱は65)の中で、久富のように黒く塗るものは他にはなく、福岡県の無形民俗文化財に指定されているそうです。 |
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真夏の暑さにも負けず、約1時間半かけて無事観音堂に到着。最後は綱で相撲場のように輪を作り、大きな拍手とももに終了。鬼角とワラミノを取った汗だくの子どもたちは、一目散に近くの小学校のプールを目指します。大はしゃぎでシャワーを浴び、石鹸でススを洗い流したら、次々にプールに飛び込む!気持ちよさそうにこの日一番の笑顔を見せて泳ぐ本日のヒーローたちには、最後まで熱い視線が注がれていましたよ。 |
開催日:2010年8月14日(土)
場所:久富観音堂(久富熊野神社/久富公民館:筑後市久富1635)
主催:久富観音堂盆綱曳き保存会
お問い合わせ:TEL.0942-53-2416
後援:福岡県教育委員会・筑後市・筑後市教育委員会・筑後市観光協会 |